大企業に就職した「将来有望な若者」が本当にしなければならないこと

2011-08-07を読みました。そしてその感想欄も。
私は、ちきりんさんの経験と洞察を深く信頼し申しあげているので、元エントリをそのまま素直に受け取ることはしないのですが、感想欄を見たら、大企業に入った若者に対する歪んだ感情がそこはかとなく見えるコメントがあったりして激しく笑ったのでした。と同時に、大半の大企業に就職した若者は、おそらくそれと大差ない認識を持って人生過ごすことになるであろうことにも思い至り、ちょっとエントリを起こしてみます。


思い出すべきは、冒頭のちきりんさんのエントリの時代背景です。

で、よく考えたら、こういうのって昔は欧米企業に勤める非日本人たちがよく言ってたと思い出しました。ちきりんが行ったカリフォルニアにある大学院の同級生らは、半導体やらITやらシリコンバレーの会社に職を得た人も多かったし、東海岸で金融やコンサル会社に就職する人もたくさんいました。

彼らは卒業後に日本の大企業と取引をする機会があると、あまりに商慣習が違うのでびっくりたまげるわけです。あの頃は彼らに会うと、「いったい日本の会社ってどうなってんの!?」とよく聞かれました。


「だってさ!日本から5人も出張してきてるんだよ。それなのに「じゃあこれで最終合意ですね」という話になると、いや待ってくれ、日本に持ち帰らないと決められないって言い出すんだ。だったらなんで決められる人が一緒に出張にこないの?5人も6人も同じなんだから、決められる人がくればいいのに。なんで?」

とか。

「なんですべてが月単位でしか進まないの?」「一番えらいっぽい人が、ミーティングで一言も口を聞かないのはなぜ?」「部長にメールを出してるのに、なぜかいつもスタッフの人から返事がくるんだけど、コレ、どういう意味だと思う?」とか。

これ、基本的に、1980年代終わりごろの風景のはずですよ。ちきりん氏の経歴を考えれば。ということは、日本企業が世界最強の傍若無人っぷりを発揮していた時期。今の日本企業のだめっぷりしか知らない人は当時の経済指標を見直すべきです。ソ連に事実上勝利しつつあったアメリカが次にそれなりの本気で敵視していた日本企業です。にもかかわらずその当時から今に至るまで「いったいどうなってんの?」な社風だったわけです。


ということは、そういうアホな社風が横溢していたのに、世界トップクラスの強さを持っていたのが当時の日本企業だったということです。なぜそんなにぬるい環境で、そのレベルの強さを?


そしてそこから不況の20年を経て、当時強かった日本企業は未だに倒れずにすんでいるんですよね。そのアホな社風を抱えながら。そのしぶとさはなんなんだ。


その強さの秘密を知るのが、大企業に就職した有望な若者が本当にしなければならないことです。


たまたまアメリカの庇護が1990年まで続いていただけなのかもしれません。今と比べたら安い円のおかげで輸出ラッシュをかけられただけなのかもしれません。1990年くらいまでは、欧米先進国の真似をしていれば難しい迅速な経営判断は要らなかったのだ。そういう外的要因に答えを求めるのもいいと思います。
あるいは、当時までのしっかりした教育に支えられた工場労働者の質の高さなのかもしれません。当時までまだ残っていた貧困に対する恐怖というかハングリー精神に支えられたエリート層のがんばりだったのかもしれません。1970年代までは日本企業もスピーディーで簡潔な意思決定過程を持っていたけど裕福になるにしたがってダメになりましたという考えもあるでしょう。そういう、国内的な時代要因に答えを求めるのもいいと思います。


せっかく中にいるのだから、なぜそのようなダメさと当時の強さが同居しえたのか、あるいは今でも一部残っているのか。それを考えるのが、若い人のやるべきことでしょう。


わたしの考えを言えば、もちろん前述のような色々な幸運に恵まれたのは事実でしょうがそれだけじゃないと考えています。
日本の大企業は、しばしば数百人単位の大卒採用をします。だから、大半の新卒に個々に教育をする態勢が取れていない会社も多くて、結果、ダメ上司のやり方を教えられてあっという間にスポイルされ、受動的に言われたことだけやるような人になってしまうのが大多数です。お前らは小役人かと言いたくなるような。あるいは単なる働き蟻というべきか。

ただその中に、時折とんでもなくできる人がいて、大企業のコアポジションですごい働きをする人がいます。比喩として十分ではありませんが、働き蟻の対比で言えば、女王蟻のような。日本の労働環境から、そういうすごい働きをする人だけを会社に残すという仕組みは大きなリスクを孕みますし、女王蟻は働き蟻無しでは機能しないので、やむをえないと思いつつ大半の日本の経営者はダメ小役人的サラリーマンごとほとんどの社員を抱え続け、しかしその会社の本当に大事な仕事は、少数のとんでもなくできる人に委ねます。そして多くの働き蟻の利害を調整しながら大きな集団を動かしてそれなりの強さを発揮させる仕組みが、少なくとも生き残っている大企業にはあるように思います。


で。就職活動を切り抜けたくらいで喜んでいる人は、よほど運がよくなければ「あっという間にスポイル」組に入り、

たとえば「なにかコラボできるんじゃないか」と先方から言われたので話を聞きにいくと、最後には「まあ、半年くらいかけてじっくり検討していきましょう」と言われてのけぞったとか、向こうから呼び出しておきながら「うちと取引したい会社は五万とある」とエバリくさってるのはどういうコトなんでしょう?とか

やらかすわけです。


その意味では、ちきりんさんの冒頭のエントリは実に正しい。大半の学生は結局ダメ小役人的サラリーマン、あるいは働き蟻になります。


だけど、日本の大企業に入るということは、私の感じで言えば、「時折とんでもなくできる人がいて、大企業のコアポジションですごい働きをする人」になれる可能性があるということでもあろうかと。どちらの人生を歩むかは、本人の意識によると言うならばカッコいいのですが、実際にはまあ、大半の新卒学生に意識的にそんなことをやろうよって言っても無理だし、企業はさっき書いたように一人ひとりをきちんと育てる体制ができてないところも多いので、結局は運なのですが。


人生を運に任せてかまわない人は、大企業に勤めましょう。多くの場合は、最低保障くらいはついているでしょう。誰がその保障を維持しているかを一生知らないまま過ごす人が大半でしょう。
そうでない人は、最低保障がつかない人生を送りましょう。その代わり、人生を自力で生きている実感は得られるでしょう。ただし、スタートアップのベンチャーが大きく伸びて残るかどうかは、割と運次第です。


と、そこそこの大企業に勤めて、ダメサラリーマン人生真っ盛りの中年が毒を吐いてみました。


(参照)
ちきりんさんのエントリが書かれた頃の、日本企業inアメリカの空気感がよくわかる漫画。ちきりんさんが描写した風景がそのまま書かれています。

オフィス北極星 1 (モーニングKC)

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