激務ブラックと激務ホワイトを分ける条件

最近、勢いで書いた二つのエントリ(上に行く人間の業をなめんじゃねぇ - 常夏島日記日本最大のブラック就職先を知る私が教える、本当のブラック企業の見分け方 - 常夏島日記)のアクセス数が多かったので、図に乗って続編を書いてみる。

まえがき

これらのエントリで目立った反応の一つに、国家公務員の激務っぷりはブラックでしょ、という感想欄の声がありました。まあ半分は納得しつつ、半分は絶対違うでしょ、と思ったのでした。もうひとつ、死にそうなほど働いても報われないでしょ、という感想欄の声がありました。なるほどごもっとも。


このような論が出てくる背景には、「激務=ブラック」という信念が牢固としてあると思うのです。しかし私はあえて言いたい。「激務=ブラック」では必ずしもないと。たとえば、国家公務員、特にキャリアなどはブラックとはかけ離れた存在であると。たとえ彼らがどんなに激務でも。


でも、ブラックはほぼ例外なく激務であろう、と思います*1。つまり、激務でも、ブラックと、そうではないホワイトがあるということになります。では、その二つを分かつものは何か。

ブラック激務とホワイト激務を分かつもの

私は、以下の2つの条件であると思います。この2つの条件のいずれも満たさないとき、私はそれをブラックと呼びます。


1.その激務が、後に役立つ経験を残すかどうか。
2.激務に人が壊れた時、適切な生活を維持できるような雇用が保障されているかどうか。


もちろん、これらの判断は究極的にはその人個人個人によって違うので、ブラックの範囲も人によって異なる、これは当然のことになります。また、1.と2.は、後に書くように、それぞれ関連があるので、完全に分けて考えることはできません。

激務が残す経験

1.について。大企業や官僚組織が個々人に与える「激務」は、多くの場合、その人が将来昇進したときに必要な経験を付与するようにできています。意図的にそのように仕組んでいる場合もありますし、その組織の長年の経験から、自然発生的に生じた場合もありますが、いずれにせよ、たとえば大組織であれば、その激務の結果、その人間は、上位職で必要な判断力や決断力、他人の立場を慮る調整力、相手のすきを突く交渉力、部下を率いて十全な力を引き出すマネジメント力、上司の力関係を察して最適と考えるアイデアを通す政治力といったものを身につけます。


大組織に限りません。たとえば調理人や大工とかの職人の世界では、半ば暴力的に基礎技能を躾ける職場も未だあるようですが、そこできちんと技を身に付けた職人は、たとえば和食であれば世界中どこでも通じる技を身につけることができます。そうでなくても、雇用主がだれであれ、人をうならせる技を身につけることができるのは、まさにその激務と理不尽に見える鍛えられ方があってのこと。


このような、後に役立つ経験を残す仕事は、私はブラックではないと考えます。


一方で、ファーストフードで、一日約20時間牛丼のたれをどんぶりにかける仕事があると仮定しましょう。もちろん、このような仕事の中でも、お客さんとのコミュニケーションとか牛丼の微妙な味付けとかの秘密を得る怪物くんは存在しますが、でも大半の人間にとって、牛丼のたれを一日20時間どんぶりにかけても、時給千何百円以上のものは得られません。これは、その大半の人にとっては、ブラックな仕事と言わざるを得ないと私は思います。*2

戦いに敗れた後の保障

2.について。期待され激務をあたえられ、そして結果として、それは本人の能力不足なのか人間関係の不運なのか仕事がたまたま過重だったのか要因はともかく結果として、つぶれてしまう人が出てきます。でも、大企業とか官僚組織であれば、おおむね、雇用は定年まで保障されます。もちろんその場合の給料などの処遇は、本人の本来の能力からは足りないくらいのものでしょうが、でも、決して生活できないわけではなく、むしろその所属する組織によっては、平均的なサラリーマンなどよりよほど恵まれた処遇を、壊れてしまった身でも、もらうことができます。私はこういう勤め先をブラックと呼ぶ気にはなれません。*3


あるいは、職人の世界でも同様です。鍛えられてそれなりの技を身につければ、それなりの雇い口が得られる技は多いです。もちろんこの場合は大企業の場合と違って、「それなりの技」の程度がジャンルによって違うので、SEのようなありきたりの仕事であればかなり高いレベルまで行かないとそれなりの雇い口は得られませんし、調理とかのようなもう少し普遍的な仕事であれば、給料は安くても、仕事は得られやすいでしょう。


このように書くと、上記の1.と2.は一緒のもののように見える人もいるかもしれませんが、違います。大企業や公務員組織では、仮によそで全く使い物にならない人であっても、そのように厳しい激務の中で壊れた人の職は保障されます。これは、職人などの、自分の腕で自分の職を保障する世界よりも、より保護された度合は強いです。したがって、これらの職場のほうが、より、ホワイト度は高いです。


多くの、「ブラック」と言われる仕事では、ありきたりの仕事に時間を費やされるため、よそで必要とされるレベルの技能を手に入れることが難しいです。そして大企業や公務員のように、職の保障もありません。ブラックな労働の多くは、パート労働や派遣労働、悪くすると請負契約だったりします。

ブラック基準は変化する

さて、でも、大きな問題は、これらの基準は、しばしば変化することにあります。

一番典型的な例は、研究者の事例です。研究者は、若い時期は、まるで消しゴムのようにこき使われ、その過程で何人もの使い物にならない仕事に疲弊した人が生じる職場でありました。特に入学難度の高い大学の研究室にこの傾向がありました。しかし、かつてであれば、そのような大学の研究者はどこかに職を得て*4食っていけました。しかし、今や、研究者は、そのような期待を得ることが難しくなりつつあると聞きます。それは、従来の徒弟的な育成が、海外の研究環境に比べて時代遅れになりつつあること、そして無理やり押し込むポストが減りつつあるといった要因があると聞きます。


これはひとつの、時代が、ブラックの基準を変えた例です。


もうひとつ、世間の標準があがったため、ブラックの基準が変わるといった例もあります。
相撲部屋の例です。日本がまだ貧しかったころ、相撲部屋に入れば、親方の厳しい竹刀の制裁や先輩のかわいがり*5こそありましたが、飯にありつけて、うまく行けば横綱大関で天下に錦を飾ることができる職場でした。しくじっても、ちゃんこ屋を開けば、親方がタニマチの一つでも紹介してくれました。しかし、今や、日本の大半の人にとって、親方に竹刀で度突かれながら鍛えられなくても、それくらいの社会的成功を得ることは可能になりました。結果、相撲部屋は多くの日本出身の人にとって、ブラックになりました。その結果、世襲でない日本人の横綱は絶えて久しく現れません。


これは、時代が、ブラックに関する感覚を変えた例です。

まとめ

ブラックの基準や感じ方は時代により人により変わるので相対的なものですが、ただ、標準的な人から見て、上記の2つの基準に照らせば、激務の仕事でも、ホワイトとブラックはそれなりの納得感を持ってあるものだと私は思います。


その意味で、激務だったら何でもブラックとか、っていうのは、何かの思考停止だと思います。どんな仕事でも激務に晒される可能性はあるんで、その辺、よく理解して仕事は探しましょう。

(参照エントリ)
上に行く人間の業をなめんじゃねぇ - 常夏島日記
日本最大のブラック就職先を知る私が教える、本当のブラック企業の見分け方 - 常夏島日記

*1:もちろん、「ブラック」の定義によりますし、この「ブラック」の定義が人によってあるいはその人のおかれた労働環境によって違いすぎるのが議論の混乱の一つの要因ではあるとは思いますが。

*2:ちなみにそのような怪物くんが、どんなにつまらない仕事からでも得るものはあるとか語るのがウザいと思う気持ちには私は激しく同意します。そんな特別なセンスを持っているのはお前だけだって。

*3:キャリア官僚なんて、どんなに壊れても多くは本省課長級になり、天下り先まで用意されています。これのどこがブラックなのか。仕事はとんでもない激務なのは言うまでもありませんが。まあ、国家公務員一種試験を受けるにふさわしい勉強をしていない私が言ってもたんなるひがみですがwww

*4:教授が押し込んでくれました。それに、厳しい環境で鍛えられた人はそれなりにどこの大学でも評価してもらえるものでした。

*5:昨今の、人が死んだり警察の介入があったりするのは当然やりすぎですし、これらを肯定するものではありません。