恋愛上手な人が見ている世界

最近、嫌なことがあったんです。聞いてください。

ナンパ上手の人のブログを読んでいるときのこと。「渋谷に行ったときに、駅から出てすぐ、なんとなく手持ち無沙汰な人が見つかるので、そういう人に声をかけたら、さほど苦労なくホテルに行ってくれる女の子が見つかるよ」と書いてあって、何人かの人が、「ああ、それあるある」とかコメントしてました。たしかに、私も、とても女の子と仲良くしたいときに意識して周囲を見て、この人はふらふらしているから落ちるかな、と思って狙っていったら数年に一度の確率で実際にお茶くらいは飲んでもらえるので、みんなそんな意識しているのかなナンパ上手な人は日々の過ごし方や意識の持ち方が違うのかな、っておもってきいてみたら、「別にそんなのわざわざ意識する話じゃないでしょ、なんとなくそう見えるから声をかけているだけだよ」と口をそろえて言います。

またある日、合コン上手の人たちと話してて、何人かで飲んでいるときに早く気に入られたいときの話をしていたところ、「女の子は基本的に気にかけてほしいはずだから、しぐさを見ていれば8割方何をしてほしがっているか(お酒がほしいのかファッションをほめてほしいのか)は読めるし、そういうのが嫌いな人は態度でなんとなくわかるから、そうやって期待していることを予測すれば早く落とすのに苦労はないよ」と言い放つ人がいて、周りもごく当たり前のようにうんうんとうなずくわけです。そんな合コンに来ている女の子の動きの全体像なんて、相当意識しないと把握できないでしょ、と言ったら、「いや、なんとなくわかる」と口をそろえて言います。

モテな人が見ている世界と、私のような非モテが見ている世界は、どうも違うようです。というか、見ている人間関係の視野の広さも違うし、そこから得られる女の子の個々の情報の量も違うし、それを分析する能力も全然違うようです。むかし、有名なプロ野球選手が、「球が止まって見える」との名言を残しましたが、どうもモテの人たちが見える世界は、「女の子が止まって見える」世界のようなのですね。

同じものを見ても、違うように見える、そんな風に、人はひとりひとり違う世界を見ているということに、どれだけ多くの人は気づいているのでしょうか? 僕が女の子を漠然と見るのと、そういうモテな人たちが女の子のしぐさを感情レベルで理解するのは、全然違う世界を見ているということに近いと思います。

ああ、何かそこには深く大きなギャップ、あるいは断裂があるのでしょう。

なにか別の生物が同じ人間の皮をかぶって、私が話している日本語とは別の日本語を話していると感じた瞬間でした。ああ気持ち悪い。

って書いたら昨日のエントリーほどのブックマークはついたのでしょうか?


どっちも脚色付きの実話ではあるのですが、反応に差があるなら、それがはてなブックマークにおける学歴/知能コンプレックスと非モテコンプレックスの差なのかもしれません。



(参照)
頭のいい人が見ている世界 - 常夏島日記

(参照図書)

高学歴でも失敗する人、学歴なしでも成功する人 (小学館101新書)

高学歴でも失敗する人、学歴なしでも成功する人 (小学館101新書)